スタートは、白い部屋だった。
せいぜい4畳半くらいの広さしかない、壁も天井も床も、ただ白い部屋。
ただ、四方の壁には、それぞれ白い扉がついている。
シンプルなドア。
これは、なんだろう。
当然、そう考える。
だが。
この場所には、他に何もなく。
そして、扉があるのだから。
進むしかないだろう。
少し迷ったが、ヒントも何もない。
勘に任せて、まっすぐ前の扉を開けた。
すると。
(また・・・)
同じように真っ白い部屋があった。
そして、入ってきた扉とは別に三方の壁に扉が三つ。
どうやら、ここは同じような部屋が延々と続いている構造になっているらしい。
その時、ふとさきほどの部屋にはなかったものを見つける。
前の扉の横、壁にかけられた白い額縁。
さほど大きいものではない。
近づいてみる。
すると、真っ白な額縁の中に、何かが浮かび上がる。
(これは・・・)
それは、大きな長方形の中がいくつもの正方形で仕切られた図だった。
そして、その中の一つだけ白く染まっており、それに続くもう一つの部屋が赤。そして、その他はグレイになっている。
少し、面食らう。
これは、どう見ても、この場所のマップだ。
そして、白は通ってきた部屋。赤は今ここにいる部屋をさすのだろう。グレイになっていない部分はまだ通っていない部屋。
よくマップを見ると、真ん中の部屋だけ他より一回り大きいことが分かる。
そして、他の部屋には存在する扉を意味するであろう薄い長方形の記号がどこにも存在しない。
ゲームの定石からいえば、このゲームをクリアした暁には、この部屋に入れるということになるのだろうが。
そう。
ゲームだ。
最初から感じていた感覚に確信を持つ。
これは、ゲームなのだ。
ただ、大事なものが足りない。
目的と、そしてクリア条件だ。
どうやって、クリアし、その結果何が手に入るのか。
それが示されていない。
ひどく不親切なゲーム。
少しマップの前で考え込んでみるが。
結局意味のないことだと思い定める。
このゲームを作った人間にそれを示す気があるならば、いつか示されるだろう。
そう思って、前に進むことを決める。
今度は右の扉。
心の赴くままに足を踏み入れる。
すると。
(!)
部屋に足を踏み入れた途端、白い部屋が瞬時に真っ黒な部屋に変化したのだ。
(なっ!?)
はっと後ろを向くと、今通ってきた白い部屋も、同じように真っ黒に染まっていることが分かった。
少し息を飲んで、扉を閉める。見ると、やはり部屋の壁に黒い額縁。
近づくと、通ってきた部屋が黒くなっているのがわかる。今いる部屋だけが赤い。
意味なく鼻の頭をかいた。
そうして、次の部屋へと向かう。
そうやって、いくつもの部屋を開け移動し続けていると。
ある法則が見えてくる。
扉の開け方によって、直近動いた三部屋の色が変化するのだ。
とはいえ、最終的にすべてを白にすればいいのか、はたまた黒にすればいいのか、それとも他のパターンを作るべきなのか。
それがわからないため、結局あてずっぽうに進んでいくしかない。
とりあえず、すべての部屋を回りきろう、と機械的に動いて行く。
敵が出てくるでもない、何かアイテムがあるわけでもない。
単調な扉の開け閉めと移動だけに飽きてきた頃、ようやくすべての部屋を回り終わった。
額縁を見て、そのことを確かめる。
すると。
(やっぱり・・・)
真ん中の大きな部屋。
そこに、扉のマークが現れた。
今いる部屋から三部屋移動すれば、たどり着ける。
急いでノブに手をかける。
その部屋の扉の前にたどり着いた時、最終的なステータスは、白がわずかに優勢だった。
黒と白のまだら模様。
チェスの板というより、勝負が終わった後のオセロのようだ。
少し緊張して、扉に手をかける。
ゲームに勝ったにしろ、負けたにしろ、なにがしかの答えがそこにあるだろう。 扉を押しあけると。
「え・・・?」
灰色の壁の部屋の中。
一輪の桃色の花が、ぽつんと置かれていた。
*
『フランシスー!!キャンプすんで、キャンプ!!』
ちょうど携帯の電源を入れ直した時、タイミング良く鳴りだした着メロ。この音で着信するのは一人しかいない。
通話を押して耳に当てると、親友兼恋人の上機嫌な声が飛び込んできた。
「・・・キャンプ?」
せやせや、と向こうでアントーニョがうなずく気配。
『川原行って〜バーベキューして〜テント張って〜花火したりするんやもん』
「ははあ。まあ、そりゃ、楽しそうね。で?いつ行くの?メンツは?」
『うん、楽しそうやろ、楽しそうやろ!?ロマーノたちが行きたいってゆーててん。夏休みやゆーても、ロマーノたちは訓練ばっかしやからな〜一日くらい遊んだってええと思うねん。でや!善は急げやから、明日行こ思て。だからな!明日有休とってや!』
「うん・・・って、え、明日!?」
頭に浮かぶ仕事の山。
「え、今ちょっとお兄さん忙し・・・」
『フランシスおらんかったら、さみしいやん?プーちゃん、誘わな、プーちゃん』
口を開こうとして、ぷす、と笑ってやめる。
今夜徹夜すれば、なんとか終わるだろう。
「わかったよ。有休申請するわ」
『お、さすがやな!!詳細はまた連絡するわ。んじゃ』
「じゃ」
そうして、電話を耳から離そうとした時。
『あ、なあ、フランシス』
「ん?」
思わず動きを止める。
『おまえ、なんか、疲れてたりしとらん?』
え、と目を瞬く。
「や?別に?元気だけど?」
戸惑いつつ、答えると。ん〜とアントーニョが謎の声を出す。
『なら、ええわ。なんや、ちょい声が違うとる気がしてな』
ドキッとした。
「・・・そうか?いつも通りだけどな」
『そう言われるとそんな気もするわ。ま、じゃあ、明日な!』
そう言うと、今度こそアントーニョは電話を切った。
フランシスは、ゆっくりと携帯をおろして壁にもたれかかる。
(ったく、かなわないなあ)
あの勘の良さ。
普段、奇跡的なほどに鈍感なくせに。アントーニョは、周囲に対して執着は薄いように見えて、自分の中に抱え込むと決めたものに関しては、過保護で過剰なほどのなわばり意識を持っている。だから、外からの攻撃や抱えたものの変化にはひどく敏感なのだ。
そうした性質は。
スパイの恋人には、不向きだな。
くすっと笑いながらフランシスは、自分がずっとジャケットのポケットに中に入れたUSBメモリをいじり続けていたことに気づいた。
*
「はあ、まだ塗るのかい、菊」
すっかり用意を終えたアルフレッドは、菊の前に胡坐を組んで座り、両足首を掴んでまじまじと菊を見つめる。
視線の先の菊は、小さなボトルから白い液体を出しては、せっせと体中に擦りこんでいた。
アルフレッドの言葉に、菊は一瞬手を止めて、キッとアルフレッドを見据える。
「日光浴が身体に良いと言われたのは、今は昔の話です!!母子手帳からも、日光浴を勧める記述は削られて久しいんですからね!?」
再び日焼け止め塗りたくり作業を開始する。
「紫外線侮るなかれ!!皮膚癌になってからじゃ遅いんです!!」
「ふ、ふーん・・・」
菊の主張にたじたじとなったアルフレッドがやや身体を引くと、菊がぱっと顔を上げる。
「そう言えば、アルフレッドさんは塗りました?」
え?オレ?と、アルフレッドは自分を指さす。
「え、や、オレはいいよ」
「よくありません!!」
めんどくさい、と言いかけたアルフレッドは、思わず菊の剣幕に口をつぐむ。
菊は、身体を乗り出すとがしっとアルフレッドの肩を掴んだ。
「ふえ?」
「あのですね!!白人である欧米人は、私たち黄色人種よりも紫外線に弱いはずなんですよ!?そもそもメラニンが少ないんですから!!それなのに・・・」
菊の目に異様な光が宿る。
「貴方がたはどこの観光地に行っても、Tシャツハーフパンツで肌丸出し…!破廉恥とか他文化の尊重とかいう以前に、身体によくありません!!白い肌を限界まで真っ赤に日焼けして・・・!!しみそばかすができるじゃないですか!!」
「えええっ。で、でも、お日様の光なら、毎日浴びてるんだぞ・・・?」
「山の日差しは地上よりも強いんです!!ほら!塗ってあげるから脱ぎなさい!!」
「って、菊!うわああああっ」
ガチャ。
「おーい、何やってんだ、てめえら遅えぞ・・・って」
迎えに来たものの、二人がなかなか出てこないのでしびれを切らしたロマーノが、マンションのドアを開け。
そして、目にした光景に固まった。
チェック柄の麻のシャツの前をほぼ全開にして、床に転がったアルフレッドの上に菊が馬乗りになっていた。よく見ると、菊の手はアルフレッドの白い肌の上をせわしく動き周っている。そして、菊の手が動いた後には、なにやらテラテラと液体がぬめり・・・。
「うぎゃああああああ!!!本田、落ちつけええええええっ!!!!」
「いや、貴方が落ちついてください、ロマーノさん」
「ううう、ロマーノ、助けてほしいんだぞ・・・」
ようやく満足いくレベルでアルフレッドに日焼け止めを塗りおわった菊が、アルフレッドを解放したのはそれから5分後であった。そして、菊が次の獲物を求め、ロマーノさんは・・・と言いかけたところで、ええ加減にせいや、昼になってまうで、とアントーニョがマンションのドアを開けて怒鳴り、なんとか出発することになったのだった。
「虫よけグッズも、救急セットも完璧です!」
車に乗り込んで自分の装備を点検していた菊が、満足そうに、ふん、と鼻を鳴らす。
それを横目で見ていたアルフレッドとロマーノが顔を寄せてひそひそと言葉を交わす。
「なんで、本田ってこういう時異常に燃えるんだろうな・・・」
「これが始まっちゃうと大変なんだぞ・・・」
「さーて、じゃ、フランシスとギル拾ってスーパーに買い出しにいくで〜昼までにはつけるはずや。あっちでバーベキューやで」
運転席に座り、シートベルトをつけると、アントーニョが振り返って三人にウィンクする。
アントーニョへの告白というなんだかとんでもない目的の為に始まったキャンプ計画だが、青い空にエンジンの音、いつもと違う雰囲気にわくわくが高まっていく。
「おう」
「出発なんだぞ!」
「安全運転でお願いしますね」
「任せとき!」
いつもの赤いオープンカーでなく、キャンプ用に借りたボックスワゴンが走り出す。
今日も夏の日差しに照らされ、赤い海がきらきらと輝いていた。
*
(あれ)
蜃気楼がたちそうなほど熱された駐車場を横切り、ひんやりとしたスーパーへ一同が逃げ込もうとした瞬間、ロマーノは足を止める。
目を凝らす。
そして、確信を持った。
「やっぱり、あいつ・・・!!」
何かに追いかけられるように全力で走っていく人影。
フェリシアーノ。
何かを考えるより前に、ロマーノは走り出していた。
「ふええええんっ!!怖いよう、オレ、食べても美味しくないよ〜!!」
電柱の上にしがみついたフェリシアーノが情けない声を出す。
その下では、ばう、ばう、といかつい顔をした犬が唸りながら、ぐるぐると歩きまわっていた。
(ひええええ、あいつ、なにやってんだ!!)
土塀の後ろで様子をうかがっていたロマーノは、絵にかいたようなピンチ状況にあちこちを見回す。
そして、空き地に建築資材が転がっているのを見つけた。
(あ、あれだ)
ロマーノは走って行って、手頃な鉄の棒を掴む。
「あちっ」
思わず手を離す。からん、と鉄棒が転がった。
日光の熱に熱せられた鉄棒は相当な熱さになっていた。
びえええええ、とフェリシアーノの泣き声。
「あ、あわわ」
ハンカチを引っ張り出すと、それを巻いて鉄棒を握った。
そして、そろりと土塀に近づいて覗き込む。
相変わらずいかつい犬は、フェリシアーノを見上げてうろうろしている。
(こ、怖えええええ)
ぎゅっと鉄棒を握り締めつつ、心臓がばくんばくんしてくるのを感じる。
(い、いや、あれだろ、使徒より怖くないだろ。大丈夫、大丈夫・・・)
「誰か助けて〜!!」
フェリシアーノの悲鳴が耳に入った瞬間、うわあああああ、と雄叫びをあげてロマーノは鉄棒を振りかざして飛び出した。
そして。
「にいちゃ〜ん・・・」
「無理だろ!!よく考えたら、オレが使徒と戦えるのってエヴァがあるからじゃねえか!素手だったら、犬のが強いに決まってんだろ!勝負見えてるじゃねえかよ、おい!!」
とめどなく文句と言い訳を続けるロマーノがいるのは、フェリシアーノと同じ電柱の上。
鉄棒は電柱の下に転がっていた。
犬に吠えられ、飛びかかられたロマーノは即座に鉄棒を放り出し、うわあああああ、とゴキブリのごとき速さで電柱を登ってきたのだった。
「にいちゃ〜ん・・・」
「だ、大体な!おまえが犬に追っかけられてるのがいけねえんだろ!!どんだけ古典的などじっこ君だ!!のび太か!のび太なのか!!おまえは国民的だめっこか!!」
ちぎー!とフェリシアーノのほっぺを引っ張る。やめてよ、にいちゃ〜ん、とフェリシアーノが情けない声を上げた時だった。
「あらあら、この子ったら、また綱はずしちゃって〜」
ほえ?と二人が下を見下ろすと。長い黒髪を一つに束ねた素敵なお姉さんがいかつい犬をなだめていた。
「二人とも大丈夫〜?この子、近所のおじいちゃんとこの五郎くんて言うんだけど、すぐ綱はずしちゃうのよ。じゃれてるだけだから」
お姉さんが爽やかな笑みを浮かべて見せる。
「お友達になってあげて」
ふおお、と頬を赤らめる二人。
「はい!!全然大丈夫です!!」
「オレ達、初めて見た時から気が合うんじゃないかと思ってたんです!!」
言いながら、二人はするするする、と電柱から降りてくる。
「なかなか立派な面構えのわんちゃんですね!!」
「お姉さん、名前なんて言うの〜?オレね〜フェリシアーノ〜」
ヴェ、とフェリシアーノが自分を指さして名乗る。お姉さんはにこりと笑った。
「フェリシアーノ君か、いい名前ね〜」
「うん、で、兄ちゃんはロマーノだよ〜」
「え、や、だから!」
「フェリシアーノにロマーノ君か。仲いい兄弟でいいわね。私はゆかりっていうの」
そして、お姉さんは腕時計を見る。
「あっと、ごめんなさい。私、行くところがあって・・・この子、おじいちゃんに届けなきゃいけないから、もう行くわね」
爽やかな風をまきちらし、ゆかりさんはいかつい五郎君を引っ張って走って行った。
その後を、ふわんとした顔でフェリシアーノとロマーノが見送る。
ふわんの魔法が切れた頃、ロマーノははっと我に返った。
「おい!!おまえのせいで、お姉さんに情けないとこ見られただろ!!謝れこのおっ」
「ええええ、オレのせいなの!?ごめんよ、にいちゃ〜ん」
くるんをひっぱろうとしたロマーノは、ふとその手を止める。
「お、おい、おまえ、なんか顔が赤いぞ」
「ん〜・・・なんか、暑くてくらくらするんだよ〜」
「え!?ね、熱中症とかじゃないか!?ま、待ってろ、あ、あっちだ」
ロマーノはフェリシアーノの手を引っ張って、公園へと連れて行く。そして、木陰のベンチに座らせると、自販機でジュースを買ってきて握らせ、水飲み場でハンカチを濡らして(鉄棒に巻きつけてたのをとってきた)フェリシアーノの首の後ろに置いてやる。
「ひんやりして気持ちいい〜」
「風はあるから、ポカリ飲んでしばらく大人しくしてりゃ平気だろ。ひどいようなら、医者に行けよ」
言われるままにポカリを飲んだフェリシアーノは、ふふ、と笑ってロマーノを見上げた。
「な、なんだよ」
「兄ちゃん、すごいね。優しいね」
言われて。
かあっとロマーノが赤くなった。
優しい、などと言われたことはなかった。大体、今の処置も前にアントーニョにやられたのをそのままやっただけだ。
「あ、当たり前だろ。オレはすごくて優しいんだ」
うろたえたロマーノは、かぶっていたキャップを意味なく脱ぎ、それからフェリシアーノの頭にかぶせた。
なんとなく、見つめられているのが恥ずかしかった。
「いいか、あんまり暑い中うろちょろすんじゃねえぞ」
「うん」
帽子のつばの下で、フェリシアーノが微笑んだ。
「じゃ、オレ行くから」
「あ、にいちゃ」
「金とかは気にすんな!!じゃあな!!」
日陰から出て、ロマーノは走り始めた。
弟ってのも、悪くない。
そんな風に思い始めている自分の心に軽く驚きながら。

*
「ロマーノ!!」
「ロマーノ、君、どこ行ってたんだい!?皆心配したんだぞ!」
駐車場へと戻ると、既に買い物を終えたアントーニョたちが、車のところで待っていた。
「や、わりぃ、ちょっとな・・・」
「携帯、何度も鳴らしたんやで」
言われて、はっと気づく。ズボンを探る。携帯がない。
犬に追われて、落としたか・・・。
「うわ、携帯落とした!!ちょっと探してくる!!」
そう言って、ロマーノがくるりと反転した時だった。
「ろ、ロマーノさん!ちょっと待ってください!!」
本田の焦った声に、ん?と首だけ振り返る。
「なんだよ、落としたとこは大体わかって・・・」
「いえ、そうじゃなくて・・・あの・・・」
ロマーノは、言いにくそうな本田の声と、そして一同の視線が一点に集中しているのに気付き、怪訝な顔をする。
「なんだよ」
「あの、ズボン破けてお尻出てますけど」
「うわああああああああ!!!」
ロマーノはその場にしゃがみ込んで梃子でも動かなくなってしまった。
「だ、大丈夫ですって。お尻出てるくらい・・・あ、場所教えてくださったら、私、携帯探してきますけど」
「何してきたら、そんな風にお尻のとこだけズボンが破けるんだい?」
ぱちん、とアルフレッドのふくらましていたチューインガムがはじける。
「大丈夫やって。ロマーノのお尻、可愛えから」
「アントーニョ、それ、逆効果だからやめたほうがいいぞ。可愛いけど」
「うわああああん!!おまえら、まとめて河童に川に引きずり込まれろおおおお!!!」
「おい、早く行こうぜ」
一人だけ車の中でクーラーにあたっていたギルベルトが、プリングルスを咥えながら、窓に肘をつく。
結局菊とアルが犬に追いかけられた電柱の場所を聞いて、無事携帯を探してきた。そして、一同はなんとかロマーノをなだめて車に乗せ、ズボンと下着、そしてキャップを調達しにユニ○ロへと向かったのだった。
そうして、てんやわんやの末、ようやくキャンプ場へと向かうことになったのだが。
「では、ここで席順を決めたいと思います」
ユニ○ロの駐車場で唐突に菊がそう言いだした。
席順?と皆が菊の顔を見る。
「はい。それなりに長い道のりです。快適なカーライフの為、適切な席配置を決めることが肝要かと」
「せやな」
意外なことに一番先に賛同したのは、アントーニョだった。
「ご賛同ありがとうございます。では、とりあえずアントーニョさんは行きの運転を担当されますから、運転席。で、助手席はロマーノさ・・・」
「や!無理!!オレ、それ、無理だから!!」
ドキwラブキャンプ大作戦の計画通り、菊がロマーノをアントーニョの隣に据えようとした時、当のロマーノが激しい拒絶反応を示し、遮った。
「え?アントーニョさんの隣、嫌なんですか?」
菊が怪訝な顔をして、ロマーノを見る。
「いや!アントーニョがどうとか、そういう問題じゃねえんだよ!!助手席とかって、あれだろ!?カーナビに行き先入力したりとか、CD変えたりとか、料金所でお金渡したりすんだろ!?オレ、そういうの無理だから!!慌てて小銭ぶちまけたり、CDどれに変えたりしていいかわかんなくて無駄に悩んだり、カーナビの使い方わかんなくてオロオロしたりすんだよ!!ホント、無理!!」
ロマーノの必死の訴えに、一同は唖然とする。
「ロマーノ・・・君、どこまで不器用なんだい・・・?」
アルフレッドの呟きに、ロマーノは真っ赤な顔で、うるせえ!と怒鳴った。
「は、はあ。じゃあ、そこまでおっしゃるんでしたら、助手席はやめましょうか。このワゴンは三列ですから・・・ロマーノさんは真ん中の席で」
「オレは一番後ろでいいぜ。荷物から菓子出しやすいからよ」
「そうですか・・・じゃあ、フランシスさん、私、アルフレッドさんが残るとして、フランシスさん助手席はありえないんで、僭越ながら私が前で」
「え?なんでありえないの?まあじゃあ、お兄さん、ロマーノの隣でいいよ」
「よくないわ」
すっとフランシスの横に移動してきたアントーニョが、くるん、と慣れた手つきでフランシスを一瞬にして縛り上げた。
そして、てい、と一番後ろの座席に放り込む。
「ひええええっ!何すんの、アントーニョ!?なにこれ、DV!?」
アントーニョは冷ややかな目で腕組みをして、ぐるぐるまきのフランシスを見下ろす。
「おまえを子供の隣に置いとくのは危険やからな。ギル、この猛獣の監視、頼んだで」
「おう」
ギルベルトは、よっこいしょと素巻きフランシスの隣に座る。
「じゃあ、オレが真ん中だな。よろしく、ロマーノ」
こうして、席順は無事に決まったのだった。
*
何度かゲームを続けているうちに。
ようやく法則がわかってきた。
陣取りゲームに似ている。
要するに白と黒の割合が問題らしい。
その割合によって、最後に開く部屋に置かれているものが変化する。
黒の割合が著しく多かった時は、頭蓋骨がぽつんと置かれていた。
白の割合が著しく多かった時は、十字架が。
だが。
どれも、正解なのかどうかわからない。
釈然としない。
もちろん、このUSBメモリ自体が、ただの試作品のゲーム入れだった可能性はある。
重要な情報など何一つなく。
あの天才が戯れに作ったゲームの一つ。
アカデミーでは自作のゲームを作るのが流行っていた時期があった。
その頃にでも作って忘れていたか。
だが、このUSBメモリはそれにしては、おかしな場所にあった。
自作のアルフレッド人形の綿の中。
やや悪趣味なその場所に隠されたUSBメモリは。
もし、たまたまスイッチを見つけて回転したネルフのマークのパネルの後ろから、雪崩のように人形が落ちてこなかったら。
たまたま綿の中で端っこに寄ってしまっていたらしいUSBメモリが、デスクの角にあたって音を立てなかったら。
目の触れることはなかったもの。
白が多くても、成功ではない。
黒が多くても、成功ではない。
ならば。
部屋の数を数える。
―同数なら?
フランシスは、もう一度はじめからゲームをやり直す。
既にコツは飲みこんでいる。三つずつ部屋の白黒を塗り替えて行く。先を計算し、白と黒が同数になるように調整していく。
そうして。
(よし)
計算通り、白と黒とが綺麗に同数に分かれる。
そうして。
扉が現れる。
なんとなく、緊張して。
扉を開く。
すると。
「ノート・・・?」
中に入ると。
部屋の中央に、開いた状態でノートが一冊置いてあった。
その隣に、鉛筆が一本。
今までのものと同様、意味はわからない。
だが―。
これが、正解だ。
なぜか、その確信があった。
ノートに近づき、頁をめくる。
すべてのページは真っ白だった。
―あえていうなら、人類は中立地帯ってとこだ。善と悪とが絶えずせめぎ合う戦場に設けられた中立地帯。どっちが占拠してもおかしくない。
新緑と。
木漏れ日。
ギリシャ風の円柱が落とす規則的な陰影。
アーサーの低い声。
鉛筆を手に取る。
人の心は。
なあ、人間って、善だと思う?それとも、悪だと思う?
―人類なんて、白いキャンバスみたいなもんだ。白にも黒にも簡単に塗り替えられる。
おまえ、オレをなんだと思ってんだ。
「おまえに聞くのが、一番いいと思ってさ・・・」
呟きながら。
ノートに向かう。
まっさらな、白いページに。
―哲学のテキスト83ページ見てみろ。そう・・・。
「タブラ・ラサ」
ノートに言葉をかきつけた途端、灰色の部屋もノートもすべて消えて。
画面が真っ白になり。
そして。
ロック解除。
の文字が現れた。
次号へ続く
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