『零号機、初号機、弐号機、出動準備整いました』
『使徒、動きありません。中央に核反応あり』
『第3新東京市、地下格納完了。22層ハッチ既に閉じてます。住民の避難、完了』
 次々に流れていく言葉。
 ロマーノは、初号機の中で息を詰める。
 出撃前の緊張に、呼吸がしづらい。もう、何度も出撃したというのに、どうしても慣れない。
(しかも・・・)
 ロマーノは、表情を曇らせた。
『OKや。アル、菊、ロマーノ、敵は街のど真ん中、つまりこの真上に鎮座した黒い四角い箱や。今のところ、どんな攻撃を行う様子も見えん。見た目的に固そうやから効果はわからんけど、とりあえずまずは重火器による攻撃を行う。ロマーノが東、アルが北、菊が南側に射出される。じゃ、行くで』
 アントーニョの言葉が終わったところで、ぐん、と重いGがかかり―やがて、エヴァは地上へと引っ張り出される。
 まるで、胎児のように。
 外の世界へ。
 ―戦うために。
 やがて、日の光が頭上に現れる。
 エヴァが地上に出ると、ロマーノの目に「黒い四角い箱」が飛び込んできた。
「ほんとに、箱だな・・・」
 黒光りするなめらかな表面には、傷一つない。
 そこまで大きくはなかった。二階建ての家程度だろう。
 それが、まるで昔からそこにあったというような顔で、街の真ん中に鎮座している。
『エヴァ全機、構え』
 互いに影響が出ない位置に射出されている。
 ロマーノは重火器を構えながら、ちらりと弐号機を窺う。弐号機は初号機と同じように重火器を構えていた。
 そのことに、ロマーノはほっとする。
(ちゃんと動いてるみたいだな・・・)
 3人が構えたのを確認し、アントーニョが口を開く。
「撃て!!」
 三体のエヴァの重火器が一斉に火を噴き、箱は一瞬にして炎に包まれた。

 使徒出現の一日前。
 トレーニングルームのモニターに映ったパイロット三人の顔と、波線のグラフを見ながら、アントーニョとギルベルトは顔を見合わせた。
「これって・・・」
「あれだな」
 二人は、モニターに視線を移す。
 二人の視線は、三つに分けられた画面の真ん中、アルフレッドに注がれていた。
 その表情には、焦りの色が見える。
 次の瞬間。
 グラフの二つの波線が大きくずれた。
 アントーニョは息を飲む。
 ライビスの声が不安そうに響く。
「弐号機、シンクロ率低下…50%を切りました」
「50・・・」
「可動領域、ぎりぎりだな」
 うめいたアントーニョの横で、白衣のポケットに手を突っ込んだギルベルトが言う。
 そして、ちらりと隣の親友の横顔を見る。
「どうする?作戦部長」
 アントーニョは、ギルベルトの顔を見つめ返した。

「使徒、表面温度1000度以上!!ですが・・・融解反応他、何もありません」
 トーリスの声が響く。
 アントーニョは、爪を噛んだ。
「ロマーノに、超低温冷風放射機を。アルフレッドにはボウガンを送るんや。菊は、使徒が何か動きがあった場合に備え、待機」
「了解しました」
 エドの指が動く。
 ギルベルトが横に並んだ。
「焼いてダメなら、凍らせて砕く、か?ずいぶん単純な発想じゃねえか」
「何で出来てるかもようわからんもんを処理するには、色々やってみるよりないやろ」
 腕組みしながらモニターを見つめたまま、そう答えたアントーニョに、まあ、そうだけどな、とギルベルトが肩をすくめる。
「でも、本当によかったのか?」
 ギルベルトの赤い瞳に、アントーニョの横顔が映る。
「アルフレッドを出して」
 アントーニョの頬がぴくりと動いた時、司令室が突然闇に閉ざされた。
「あ!?」
「なんや!?」
 二人が声を上げた途端、再び電気が通り始めた。エドが声を上げる。
「予備電源に切り替わりました。―おかしい、ギルベルトさん、あちこちで故障がおきて、予備システムに切り替わってます。これは・・・システムに攻撃を受けてるとしか・・・」
 顔色を変えたエドが、激しくキーボードをたたきはじめる。
「んな、アホな!!何重にも守られた、世界一強固なセキュリティシステムを持った設備やで!?どこの誰がネルフのシステムにアタックかけるなんて・・・」
 アントーニョが驚愕した声を上げると、トーリスが目を丸くした。
「わかり・・・ました」
「え?」
 アントーニョがトーリスの椅子の背に手をかける。
「なんやて?」
 トーリスは、手元の画面を見ながら、唇をわななかせる。
「アントーニョさん・・・使徒、使徒ですよ」
「使徒?」
 パチパチ、とキーボードを叩くと、モニターにジオフロントの簡易模型が現れる。そのさらに横に、22層にもなる防御壁、その間を無数に走る電源コードがケーブルが映し出される。
「なんやっちゅうんや?」
 アントーニョが目を細める。そして、あることに気づいて、はっと目を見開く。
 それは、細い蜘蛛の糸のようなものだった。よく見なければ見落としてしまうほどの。
 細い細い糸が。
 配管と言わず、電気ケーブルと言わず、絡みついているのだ。
「この糸・・・あの使徒から出てきているようです。これのせいで、電源が途絶えたりしてるんでしょう」
「なん・・・やて・・・」
 アントーニョが呻いた時、エドが緊迫した声を出す。
「それだけじゃありません・・・システムの動作がおかしい・・・まるで、ウィルスに感染したみたいに・・・!!」
 そう言った途端に、システム状態を表すパネルが、グリーンからレッドに染まりビービーと警告を鳴らし始める。
「ギル・・・」
 アントーニョが声をかけようとした時には、既にギルベルトは走り始めていた。
「ギルベルト!」
「MAGIにはそう簡単にたどり着かねえ。ウィルスはオレが除去する。おまえは、あの糸がアダムに到達する前にあのくそったれ箱、ぶっ壊せ」
 言いながら、振り返る。
「エド、来い!アントーニョ、エドの補充人員はすぐ寄こす」
 エドアルドが立ち上がった。

『ジオフロントが攻撃を受けてるだって・・・!?』
 アルフレッドの呟きが、回線を抜けて伝わってくる。
「アントーニョ、どうすんだよ!!」
 ロマーノも、思わず声を上げる。それに対し、アントーニョの答えが返ってくる。
『システムダウンが発生しとる・・・地上へ武器を送るルートが使えへんのや。今、復旧しとるとこやから、もうちょい待機・・・』
 苦渋に満ちたアントーニョの言葉は、しかし激しい口調で遮られた。
『ふざけないでくれよ!ジオフロントが侵食されてるのに、ぼけっと見てられるわけないだろ!アダムのとこまで侵入されたら、終わりじゃないか!!』
 そう言い放ったアルフレッドの乗る弐号機が動き出す。
『アル、あかん!!』
「アル!」
『アルフレッドさん!!』
 アントーニョ、ロマーノ、菊の声がほぼ同時に響き。
 零号機は、箱を挟んでちょうど弐号機の反対側で動きだす。
「あ、お、おい・・・!」
『アル、菊、戻るんや!!不用意に近づくんやない・・・!』
 アントーニョの声が耳に木霊した時。
 零号機と弐号機の目の前で。
 黒い箱の蓋が、ぱかりと開いた。

「全システム、切り替え完了しました」
 エドの声が背中に響く。
 ギルベルトは、MAGIの胎内で再びメモまみれになっていた。
「ウィルス解析完了。パターン読みこみ開始、迎撃システム準備開始」
 ギルベルトが画面を滝のように流れていくデータを追いながら、呟く。
「来い来い来い来い・・・」
 まさか使徒相手に使うとは思っていなかったが、非常事態用防御システムが侵入者のパターンを解析し、迎撃プログラムを恐ろしい速さで組み立てる。
 永遠にも思える時間の後、ようやく画面に浮かんだゲージは100%の状態になる。
 ―迎撃プログラムX000003457891作成完了。
 ポップアップが浮かぶ。
 よし、とギルベルトが口の中で快哉を上げる。
 ―パスワードを入れ、プログラムを起動してください。
 画面にパスワード入力画面が現れる。
 ギルベルトは、カタカタ、と単語を打ち込んだ。
 打ちこんだ後、一瞬だけ手を止め、目を細める。
 そして、呟いた。
「頼むぜ、相棒・・・」
 ギルベルトの指が、ENTERキーを押し下げた。

『アントーニョ、聞こえるか?迎撃プログラムが作動した。ウィルスの動きが止まったぞ。おそらくパターンを組み替えてくるだろうが、しばらくはもつ・・・おい、アントーニョ?』
 アントーニョは、親友の言葉に応えることができなかった。
 喉をからして叫ぶ。
「アル、菊、逃げや!!」
 モニターの中では、黒い箱から大量の糸―まるで白髪のようなそれが、生きているように束になって零号機と弐号機に向かって溢れだそうとしていた。
『くっ』
 零号機と弐号機は、同時にナイフを取り出し、龍のようにうねりながら迫る糸を切り裂きながら後退を始める。
『アル、本田・・・!』
 怯えて後ずさりながらも、出るべきか迷いを示したロマーノに、アントーニョは一喝する。
「ロマーノ、出んでええ!!できるだけ、下がり!!」
 アントーニョの頭の中に、ようやく一つのプランが浮かび始めていた。
 が、まずエヴァが無事でなければどうにもならない。
「そいつは、地下に大半のエネルギーを割いとる!!ある程度離れれば、無理には追ってこんはずや!」
 実はあまり根拠のないアントーニョの言葉は、しかし、画面の中で証明される。
 糸を切り裂きながら後退していた零号機が一定の距離をとった時、糸はふいに追いかけるのをやめたのだ。
 よし、とアントーニョが拳を握った時だった。
『お、おい、アル!何やってんだ、逃げろよ!!』
 ロマーノの焦りの声が、響いた。
 え、とアントーニョが嫌な予感を覚えつつ、画面を見ると。
 弐号機が、糸に呑まれようとしているところだった。
「な、アル・・・っ!」
 どうしたんだ、と言おうとして、あることに気づき言葉を失う。ライビスが青ざめていた。
「弐号機・・・シンクロ率、30%・・・まだ、下がり続けてます」
 30%。
 アントーニョは、衝撃を受ける。
 もはや、エヴァは動かせない。
 まずい、とモニターに視線を戻した時。
 糸に覆い隠された弐号機はまるでイソギンチャクが触手をひっこめるように、箱の中に―引き込まれた。
『アル!』
『アルフレッドさん!!』
 いつかの―デジャヴュ。
 丸い球体から飛び出た針。
 あの時も、犠牲になったのは。

 ―でも、本当によかったのか?
 赤い瞳が言う。
 ―アルフレッドを出して。

「く、そがあああああっ」

 アントーニョは絶叫していた。

 頼むよ。
 お願いだ、アントーニョ。
 オレを、エヴァのパイロットからはずさないでくれ―。

 情にもろいと言われる。
 その自覚はある。
 それがおまえの致命的な弱点だ。
 そう言ったのは、あいつ。
 むなぐらをつかまれ、至近距離で碧の瞳が押し殺した声で囁く。
 ―何かを守りたいなら、他のすべてを捨てる気で守れ。
 あいつの守りたかったのは。
 オレが、守りたかったのは―・・・。

 こうなったら。
 やるしかない。
 一度目を閉じ、息を吐いたアントーニョは、再び瞼を開ける。
「司令。―許可をもらいたいんやけど」
 答えはない。
 だが―司令席から、あの男が立ち上がったのがわかった。
 冷たい瞳が、アントーニョを見下ろす。
 アントーニョは、意を決してアーサーを見上げた。
 旧友―少なくともアントーニョはそう思っている―であり、この組織の最高司令官でもある男を。
 アントーニョは、目をそらしたくなるのを抑える。
 ―お願いだ、アントーニョ。
 痛々しいほどに、指を握り締めて。
 ―オレを・・・。
 アントーニョは、昨日の訓練報告に弐号機のシンクロ率低下のことを、とうとう書き入れなかった―・・・。
 苦い悔恨が身体を満たして行く。
 だからこそ。

「防御壁を一旦開けたいんや」

 な、と声をあげたのは、周りのスタッフだった。
「なに、馬鹿なこと言ってるんです、アントーニョさん!!今、ジオフロントは攻撃を受けてるんですよ!?22層の防御壁はじわじわ侵略されてきてる!!それを開いたりすれば、一気に使徒はジオフロントに侵入してきます!!」
「どっちにしろ、このままじゃ、ここは守りきれん!!」
 叩きつけるように、アントーニョが怒鳴り、トーリスは思わず口をつぐんだ。
「・・・何をする気だ」
 頭上から、低い声が響いた。
 アントーニョは、はっとして上を見上げる。
 薄暗いその場所で、表情は読み取れない。
「・・・使徒の6面のうち、5面まではさっきみたいに攻撃されな、閉じたままや。おそらく、閉じた状態での防御率は俺らの持てるどんな武器を使うた攻撃力より高いやろう。けど、中身はあの糸みたいなやつと核だけやっちゅーことは、ほぼわかった。あの糸には、ナイフも十分通用しとった。弐号機も・・・動けさえすれば、飲み込まれることはなかったやろ。要は、あの外壁さえなければ、攻撃は可能っちゅーこっちゃ」
 アーサーは沈黙したまま。
 周囲は、固唾をのんでアントーニョの言葉に聞き入っている。
 そして―地上にいる、ロマーノと菊、二人のパイロットも。
 アントーニョは、続ける。
「そして、1面だけ、常に開いとる面がある」
「―ジオフロントを攻撃している、底面、か」
 アーサーが呟いた。
 アントーニョは、うなずく。
「せや。ここだけは、閉じるわけにはいかんやろ。せやから、防御壁を開けて―下から、攻撃するんや」
「そんな・・・!弐号機は、アルフレッド君はどうするんです!?」
 トーリスが、思わず、と言った感じで口を挟む。
 アントーニョが答えようとする前に、司令室に声が響いた。
『助けますよ。―私が』
 菊だった。
 エヴァンゲリオン零号機の中で、菊が口を開く。
『あの糸の塊の中から、弐号機を引っ張り出せばいいんでしょう?トーリスさん、弐号機の位置はわかりますか?』
 菊の言葉にあっけにとられていたトーリスは、慌ててキーボードを叩く。
「出ました。弐号機の熱反応、確認。―データ、転送します」
 モニターにも同時に映し出された熱電源の位置は、底面に程近い位置だった。そこで、弐号機は胎児のように丸くなっている。
『ライビスさん、アルフレッドさんの様子は』
「あ、えっと・・・大丈夫です。シンクロ率は・・・ゼロに近いですけど、身体機能に今のところ異常はありません。多分・・・眠ってるような状態です」
 ふう、と菊は息をついた。
「菊・・・よろしく頼むわ」
『了解いたしました』
 そして、アントーニョは次にロマーノに呼びかける。
「ロマーノ、おまえは菊がアルを助けたらすぐにミサイル弾を撃ち込むんや。核に向けてな。空中での作戦になるから、すぐに飛行具を用意させる」
『り、了解・・・てか、おまえ、司令の許可、出てなくね?』
 おそるおそるの突っ込みに、はっとしてアントーニョがアーサーを見上げる。
 アーサーはアントーニョを見つめ、それから一言、好きにしろ、と言い捨てて席へと戻って行った。
 アントーニョは、一瞬笑みをひらめかせる。
「持つべきものは、ちょっとくらい性格が悪くても度胸のある上司やな」
 失礼なことを言いながら、アントーニョは時計を見る。
「あと30分後―1600より、作成を開始する!各自、準備開始や!!」

      



 イヤホンから入ってくるアントーニョの言葉に、ギルベルトはキーボードを叩きながら苦笑する。
「相変わらず、やることが突拍子もねえな・・・。けど、あと30分・・・作戦時間も入れて、最短1時間ってとこか・・・」
 画面には、グリーンとレッドのせめぎ合いの図。
 絶えず更新されるウィルスのパターンと、それを読み取り撃退プログラムを生成し、投入する迎撃システムの攻防。
「もちますかね・・・?」
 呟いたエドアルドに、アホ、と言い捨てる。
「もたすんだよ」

       



 使徒の腕は、ネルフ各施設に甚大な被害を出しながら、既に18層まで達しており。
 まごうかたなく、ギリギリ瀬戸際の作戦が―始まろうとしていた。

 飛行ユニットを背につけ。
 守り刀のように、ミサイル用ライフルを握り締める。
 足下には、見慣れたジオフロント。
 公園のように緑に囲まれた地下空間の真ん中に、ピラミッド型のネルフ本部。
 その頭上には―第3新東京市が反転されて存在している。
 その街が―開いて行く。
「アル・・・無事なんだろうな・・・」
 思わず呟く。白いベッドに眠るアルフレッド。もう二度と―あんな思いはしたくない。
『大丈夫ですよ。ライビスさんも眠っているような状態だと言っていましたからね。必ず助け出します』
 独り言のつもりだったのに、同じように飛行ユニットをつけて街が開いて行くのを見上げている菊が答える。
 翼は、菊でも自由に出せるものではないらしかった。
 そして、菊は続けた。
『アルフレッドさんは、私が守ります。たとえ、どんな手段を使っても』
 その言葉に、ロマーノは迷いながら口を開く。
「なあ、本田、おまえ・・・」
 なんでアルフレッドの元から去ったのだ、と、その言葉はしかし、ロマーノの口から出ることはなかった。
『行きますよ』
 そう言って―零号機は、地上へと続く穴へと飛び込んでいく。

 雨が降っていた。
 冷たい雨だった。
 身体は冷え切っていて。
 でも、身体に雨はあたっていなかった。
 だから、あれはどこか屋内の出来事だったのだ。
 ただ、その場所は暗く。
 トタンのような粗末な屋根を叩く雨の音が、がらんどうの建物の中に響いて、怖いくらいだった。
 その雨の音を聞きながら。
 オレは。
 小さな手が、空気を求めてもがく。
 酸素不足で痙攣する身体。
 喉に食い込む―指。
 
 古い工場跡―。
 アルフレッドは、洪水のような雨の音を聞きながら。
 信じられない面持ちで、その光景を見つめていた。
 幼い頃の―オレ。
 激しい抵抗が―次第に弱まっていく手足。
 その子供に覆いかぶさり、細い首に手をかけている人影。
 アルフレッドは、無意識のうちに自分の首に手を当てる。
 今の、自分が首を絞められているわけではない。
 だが、知っている。
 だが、わかる。
 これは、あったことだ。
 これは、記憶なのだ。
 オレは。
 オレは。

 その時、稲妻が閃き。

 一瞬、子供の首を絞める男の横顔が浮かび上がる。

 アルフレッドは、息を止め。

 そして、轟くような雷鳴と共に。

「うわあああああああああっ」

 と、絶叫した。

 零号機が、使徒の中へとためらいもなく突っ込んでいく。
 司令室の全員が緊張の面持ちで、それを見守る。
 トーリスが、押し殺した声音で報告した。
「使徒、22層突破―来ます」
 それまで、ゆっくりと隙間を探しながら一層ずつ攻略してきた糸は、大きな穴を見つけ一気にジオフロントへとその触手を伸ばしてこようとしてきた。
「到達まで、1分」
「ターミナルドグマの封鎖は完了しとるな?」
 はい、とトーリスが答える。
「水も電気も止めて、ふさげる場所は全部ふさいであります」
「気休めでしかあらへんけどな」
 自嘲気味にアントーニョがそう呟いた時、モニターの中で白い糸がピラミッド型の建物にまとわりついた。

 早く早く早く早く。
 ライフルを握り締め。
 核のあるところへ狙いを定めて。
 ロマーノは、ただ祈るしかできなかった。
 いつだって―いつだって、そうだ。
 アルがけがをした時も―。
 菊がエヴァに呑みこまれた時も―。
 そして、今も。
 永遠とも思える時間の後。
 零号機が、無数の支線を出す白い糸の塊の中から、ぼこっと顔を出した。
「本田!!」
 思わず、名を呼ぶ。
 モニターの時間表示を見る。
 既に五分経っている。
 見下ろせば、無数の糸がネルフに向かって伸びている。
 あそこには、アダムがある。
 使徒が接触すれば、セカンドインパクトが起きる―。
 ぞっとして、ロマーノは視線を使徒に戻す。
 狭い産道を苦しみながら生まれてくる赤ん坊のように、零号機は次第にその姿を現す。そして、それに続いてその腕に抱えられたもう一体の異形の姿に、ロマーノは愁眉を開く。
『よし、菊、はよう、離れるんや!!もう、こっちももたん!!』
 通信故障が起きているらしく、ややとぎれとぎれの音声が緊迫感を伝えている。
 ロマーノは、近づけるぎりぎりまで近づく。
 そして、零号機が弐号機を抱え、糸の繭から飛び出した瞬間。
 ミサイルを、撃ち込んだ。
「いけー!!!!」
 一瞬の沈黙の後。
 ボーンと何かが膨らみ弾けるような音がして―続いて起こった爆風に、三体のエヴァは木の葉のように吹き飛ばされる。
 炎が、穴の中を逆流する。
 が、その炎に巻かれるようにして、無数の糸が焼き切れていく。
(成功・・・したのか・・・)
 薄れゆく意識の中で。
 アントーニョの声を聞いた気がした。

「やった!!」
 ロマーノのミサイルが核を確かに燃え上がらせ、縦横に張り巡らされていた糸が、一瞬にしてすべて焼き切れたその瞬間。
 快哉の声が司令室に満ちた。
 だが、その次の瞬間。

 ドン、と。

 感じたこともない大きな揺れを感じ、誰もがその場に立っていられずしゃがみこんだ。
「なん・・・や・・・!」
 まるで、地球が跳ねたような衝撃。
 震度でいうなら、8から9というところだろう。
 地震大国日本、地震自体はそう珍しいことではない。
 だが、このタイミングで。
「まさか・・・!」
 青ざめてアントーニョが立ち上がろうとした時、再び今度は大きな横揺れが襲った。
「うわあああっ」
「なんだっ」
 人々の悲鳴がこだまする。
 長い揺れの中を、アントーニョは這ってコンソールへと進む。トーリスが同じく椅子に掴まって起き上がろうとしていた。
「トーリス・・・!」
 トーリスが青ざめ、そしてアントーニョを見て呻いた。
「・・・震源は・・・ターミナルドグマ付近です」
 その時、世界から音が消えたように感じた。

 地中奥深く。
 鍾乳洞のような広い空間の中。
 水の中から聳える巨大な十字架。
 そこに磔にされた白き巨人。
 黒い箱の形をした異形―人が使徒と名付けたその生命体のほんの一部。
 白い糸の一辺が、その空間に入りこみ。
 アダムと呼ばれるその巨人と、接触を果たしたその瞬間。
 
 それは、始まった。

 一番近いのは、樹木の成長だろう。
 だが、違いは数百年かけて行われるそれを、ほんの数秒でおこなっていること。
 腰の途中から無様に切断されたアダムの切断面から、まるで芽が生えるようにいくつもの萌芽が伸び。
 そして、巨大化し水の中につっこんでいく。それは、熱帯地方のマングローブの林に似ていた。
 いくつもの根が水の底を突き破り、地球に根を張っていく。
 アダムは、巨大な一つの木になろうとしているかのようだった。
 
 十数分にも及ぶ長い激しい地震の後。
 ようやく、アダムは成長を止めた。

 この日。
 初めて、人類の防衛ラインは一部破られ、使徒の侵入を許すこととなったのである。



         



 次号へ続く

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