「よお、皆!はじめましてwオレはフランシスお兄さんだよ☆小さな思春期の悩みから、大きな大人の悩みまでなーんでも気軽に相談してくれていいからね☆」
キラッと謎のポーズをとりながらウィンクしたフランシス・ボヌフォアを、パイロット三人が三者三様の微妙な表情で見上げる。
「てか、なんで昨日あんだけ蹴られて傷一つねえんだよ」
半眼でロマーノが口を開くと。
ん?と、フランシスがロマーノを見る。
そして、ノンノンとロマーノの前でワイパーのように指を振った。
「世界には、美形の傷は3コマで消えるという法則があるんだ。おまえも美形なんだから、覚えておかないといけないぞ」
はあ?と顔をしかめたロマーノの横でアルフレッドが口を開く。
「アーサーがフランシスは変態だから近づくなって言ってたぞ」
「あんのまゆげ、後で殺すw」
笑顔に青筋をたてるが、すぐにそれをほぐしてアルフレッドに向き直る。
「いやいや、オレは全然変態とかじゃないから。ただの愛の伝道者だから」
ふふ、と笑ったフランシスに、横合いから菊が口を挟む。
「人前でいきなりキスをするのは、いかがなものかと思いますが…」
えーとフランシスが菊に顔を向ける。
「あんなの、フランスじゃただの挨拶だって〜」
「ここは日本ですので」
ぴしっと答えた菊を、腰に手を当てて見つめる。
「そう言うなって。だから、日本人には愛情表現が足りないんだよ。いいもんだぞ。触れ合うことで親密さが伝わる。人のぬくもりこそが、人を救うのさ♪」
フランシスがにこにこと手を広げる。
「さあ、君たちにも溢れんばかりのオレの愛をww」
ん〜と顔を近づけたフランシスの後頭部に、チャキ、と不吉な音を立てて銃口が押し当てられた。
「死にてえか?ああん?」
フランシスは笑顔のまま、つっと冷や汗をたらす。
「指令!チャカはまずいです、チャカは!」
通りかかったエドが思わず声を上げる。
「や、やだなあ、アーサー。ちょっとした挨拶じゃないか」
「なんでいまだにてめえが性犯罪者としてぶち込まれてないのか不思議でならねえぜ」
「ちょ、何それ、ひどっ!」
フランシスの抗議の叫びを聞きつつ、ロマーノが相変わらずの半眼で呟く。
「元ヤンっつーか、現役ヤンキーがいるんだけど・・・」
「フランシスとアーサーは仲良しだな」
「仲良しっていうんですか、あれ。でも、なんでお二人は知り合いなんですかね」
「そりゃあれだ、アカデミーの同窓だからな」
菊の疑問に、アーサーとフランシスの口喧嘩を黙って眺めていたギルベルトが答える。
三人がギルベルトを見た。
「えーと、アントーニョさんとギルベルトさんもそうでしたよね。フランシスさんとアーサーさんもってことですか?」
おう、とギルベルトがうなずく。
「あれ?指令ってアントーニョと同い年なのか?あいつ、確か前に『年下のくせに生意気やあ!』っつってたような気がするけど」
ロマーノが首をかしげる。
「おまえら、あんまりアカデミーについて知らねえらしいな。あのな、アカデミーってのは世界で5つしかない最高学府だ。あらゆる学問の最高の教育がそこで受けられるようになってる。世界中の国が出資して共同設立したエリート養成機関だ。そこには世界中の見どころのある学生が集められる。入学が決められれば、断ることはほぼ不可能だな。国家権力に逆らうのと同じことになる」
「セカンドインパクトの後、かなりの大学や研究機関が壊滅した。その上、すべての物資・技術が不足。中でも深刻だったのは人材不足さ。だから、あらゆる分野のエキスパートを効率よく作り出す方法が考え出されたってわけ」
ギルベルトの解説に、いつの間にか話を聞いていたらしいフランシスが口を挟む。
三人がフランシスの方へと顔を動かすと、腕組みをしたフランシスがさらに言葉を続ける。
「アカデミーは完全実力主義だ。成人する15歳から入学可能になるが、飛び級が認められてる。優秀な人材はどんどん上に上がる。おかげで、同窓生はかなり年齢がまちまちでね。で、アカデミーから見てものになると判断されると、そこからそれぞれ政府系機関への配属が決められていく。こいつは16でアカデミーを出て軍に入ったんだ。当時17のギルベルトも、その後すぐに同じく軍の研究機関へ配属。オレとアントーニョはその時18」
「こいつ呼ばわりすんじゃねえ」
肩越しに親指で指し示されたアーサーが不機嫌そうに鼻を鳴らす。
(へえ・・・アントーニョと指令って、学生の頃同じ場所にいたんだ)
喧嘩を繰り返しながらも、どこか上司と部下以外の雰囲気を感じるのはそのせいか。
そして。
―オレとアントーニョはその時18。
つまり、その時代に。
「フランシスさんは、どういったご専門だったんですか?」
菊の質問に、ロマーノははっとする。
ん〜とフランシスは気がなさそうに頭をかく。
ギルベルトが代りに口を開いた。
「こいつはコンピュータ工学。オレと一緒だよ。さぼってばっかだったけどな」
けけ、と笑う。フランシスが片眉をあげた。
「人のこと言えっかよ。まあ、オレには才能はなかった。どうも中途半端でね。だから、途中で当時立ち上げ途中だったネルフへ入ったんだ。今は単なる事務屋だよ」
フランシスの言葉に、ギルベルトはちらっと旧友を見つめる。が、何も言わなかった。
「監察部・・・でしたっけ。軍内犯罪の調査に関わる部門ですね」
菊が顎に手をあてる。
「まあ、そうだな。実際には色々調査とかもやってるけど。オレ達は別名雑用部って呼んでるよ。とりあえずめんどいことはあいつらにやらせとけ、みたいなな」
はは、と肩をすくめてフランシスは笑う。
「雑用なら間に合ってる。うちには必要ねえから、さっさとフランスへ帰るんだな」
「ほんと、冷たいね、おまえ」
お兄さん、泣いちゃうよ!?とアーサーの方を向いたフランシスの胸ぐらを、がっとアーサーが掴む。
「せいぜいおとなしくしとけよ。アルと菊に手ぇ出しやがったら、その日のうちにてめぇの息子と涙の別れをすることになるぜ?」
「うわー悪い顔。はいはい、わかったよ」
両手を顔の横に挙げて降参のポーズをとるフランシス。ふん、とアーサーが手を離す。そして、じゃあな、気をつけろよ、とアルと菊に声をかけると、奥へと消えて行った。
「ったく、人のこと病原菌並みに扱いやがって。昔から、ほんとかわいげがねーな、あいつは。まあ、いいや。とりあえず」
襟を直しながら、フランシスはパイロット達に向き直る。そして、笑顔を浮かべた。
「これからよろしくな!」 NERV監察部所属、フランシス・ボヌフォワ。
フランス支部より日本総本部へと転属。

*
「お、ロマーノ」
休憩室の自動販売機で飲み物を買おうとして、自販機の前にいる人物に気づいて回れ右した瞬間、呼びとめられた。
(ち、気づかれたか)
不機嫌な顔でしぶしぶ振り向く。
フランシスは飲んでいたアイスティーをテーブルに置いた。
「そんな怖い顔すんなって」
言いながらフランシスはロマーノに近づいてくる。
「聞いたよ。おまえ、アントーニョが預かって一緒に住んでんだって?」
フランシスは笑顔でぽん、とロマーノの肩に手を置いた。
ロマーノの眉がぴくっと動く。
預かる?―子供扱い。
ロマーノはギロリとフランシスを見上げる。
「ん?」
なんだよ、そのうちのが世話になってます的な言い方は。
ロマーノは口を開く。
「気安くさわんじゃねーよ」
ぺっと肩に置かれた手を払いのけたロマーノは絶対零度の声音でそう言うと、はっと鼻で笑うときびすを返した。
「ごぉ〜ん・・・」
振り払われたまま固まったフランシスが思わず呟くと。
けせせ、と後ろから笑い声がぶつかる。
「不憫だな〜」
その言葉に。
ぴくっとフランシスの耳が動く。
そして。
「ちぇすとぉっ!」
背後を振り返らずにフランシスは片足を上げて背後のギルベルトの横腹に回し蹴りを叩きこむ。
「ぐはっ!な、何すんだ、てめえ!」
ふっとんだギルベルトが抗議の声を上げると。
ゆらりと振り返ったフランシスが暗黒のオーラを背負ってギルベルトを見下ろす。
「おまえに不憫とか言われると、魂レベルで理不尽な気がする」
「何だよ、それえええええっ!」
ギルベルトが涙目で叫んだとき。
「何二人で遊んどるん?オレも混ぜてーな。フランシスとプ―ちゃんだけ仲ようしとったら、オレ寂しいやん?」
えい、とフランシスは背中に衝撃を受ける。
「アントーニョ」
「てか、プ―って誰だよ!?」
背中に体当たりしてきたアントーニョを首をひねってフランシスが見る。へへ、とアントーニョが笑った。
「オレの名前、一つもプなんて入ってねえぞ!?」
尻もちついたままギルベルトが言うと、フランシスが真顔で言う。
「不憫のプじゃない?」
「自分の言葉のおかしさに気づけよ!」
ったくよう、とギルベルトが立ち上がって白衣の汚れをはたく。
「やってらんねえな!おまえら、オレをもっと敬えよ!敬服しろよ!」
「や、無理」
「せやかて、プ―やし」
「意味わかんねえし!」
ギルベルトは叫ぶと、付き合ってらんねえぜ!と休憩室を出る。
「あ、アントーニョ。30分後に訓練始めっからな」
「おう、わかっとるよ」
ちゃ〜んとお仕事すんでぇ、とひらひらと手を振る。
「いや〜ロマーノに嫌われちゃったよ、オレ」
フランシスが苦笑しながら言うと、自販機に向かい合ったアントーニョが、ん?と反応する。
「あ〜そういや、昨日からおまえの名前出すと、ロマーノがえらい機嫌悪うなるんや。まだ全然かかわっとらんのに、あんなに嫌われられるってすごいなあ、おまえ」
ズボンのポケットの中の小銭を探る。
フランシスはその背中を見つめながらアントーニョの言葉を聞いていたが、やがて肩をすくめて息を吐いた。
「あ〜変わってないねえ、おまえ」
ちゃりん、とコインを自販機に入れる。
「あ、そうや。おまえ、あの三人に手ぇ出すんやないで」
はっと気づいたようにフランシスのほうを振り返りながら、ボタンを押す。
「はいはい、わかってるよ。まったくどいつもこいつも・・・あのなあ」
やれやれとお手上げのポーズをしながら首を振ったフランシスは、アントーニョの肩に手を置いた。
「オレはおまえさえいてくれたら・・・」
フランシスの甘い声は、ぴろりろーんという緊張感のない音にさえぎられる。
「お!当たりよった!」
顔を輝かせて、アントーニョが商品受け渡し口へとしゃがみこむ。
フランシスの右手が宙に浮いた。
「ん?何、自販機にすがりついとるん?あ、コーヒーいるか?」
「いや・・・いいや」
なんとなく世の無常をかみしめながら、フランシスは答えた。
*
ロマーノはロッカールームに向かいながら、むかむかする心をもてあましていた。
(ったく、なんでこんな苛々すんだよ・・・)
早足で歩く足音がやけに鋭く響く。
フランシス。
(にやけやがって。気にいらねえ)
なんで、あいつ、あんな奴と…。
ふいに浮かぶ、体育祭の時の光景。
もう駄目だと思って顔を上げたその時の。
(あーもう!)
頭を振ってその光景を振り払う。
あの瞬間、頭の中が真っ白になって。
テープを切ったことにも気付かなかった。
(オレ、なんであんな力が出たんだろ)
ロマーノは、ふと立ち止まる。
ふいに一週間毎日通った廊下が初めて見るかのような錯覚に襲われる。
浩々とした蛍光灯の光が、しらじらと無機質な廊下を照らし出す。
(オレ・・・どうして、ここにいるんだっけ)
―オレ…あんたに、必要なのか。
どろだらけの靴下。
―俺だけやない。皆に必要や。人類皆にな!
靴を履かせる手。
―うまくいくおまじないや。これで大丈夫やで。
触れ合った額の熱。
―ゴールの先で、見てるからな。
微笑んだ。
アントーニョ。
(あいつだ)
エヴァに乗ることを決めたのも、あの時逃げ出さずに走れたのも―。
(なんだよ)
ロマーノはふいに苦しくなってシャツの胸辺りをくしゃりと掴む。
(これじゃ、まるで)
これじゃ、まるで―。
「恋ですね」
突然の声に、ロマーノが飛び上がる。
「ほほほほほほ本田!おまえ、いつから!?」
いつの間にか、背後に菊が立っていた。
「ええ、アントーニョさんとフランシスさんとロマーノさんの三角関係勃発から」
はあ?とロマーノが口をあんぐり開けて固まる。
「ささささ三角関係って」
まったく気付かなかった。フランシスも気づいてなかっただろう。
「おまえ、忍者か!?」
ふふふ、と楽しそうに菊が笑う。そして、人差し指を立てて小首をかしげた。
「ロマーノさん、アントーニョさんがお好きでしょう?」
お好き。
ぼふ、とロマーノの頭から湯気が出た。
「ばばばばばば馬鹿いって」
のけぞったロマーノに菊が畳みかける。
「はっきり言って、ロマーノさんとアントーニョさん以外全員気づいてます」
ぎょっとしてロマーノが目を見開く。
「あ、アルフレッドもか!?」
「応援するんだぞっ」
「うわああああっ出た!」
ぴょこんと菊の隣に飛び出してきたアルフレッドに、ロマーノが叫ぶ。
菊が続ける。
「ギルベルトさんは気づいてないかもしれませんけど。というか、ぶっちゃけ興味なさげです」
ロマーノは口をパクパクさせる。そのロマーノの手を、がしっと菊が掴む。
「敵は強大ですが、フランシスさんはあくまで昔の恋人ですから!今は一緒に住んでるロマーノさんのほうが断然有利です!」
あがが、とロマーノが菊の迫力に気圧される。
「あきらめたら、そこで試合終了ですからね」
「かっこいいぞ、菊!」
アルフレッドの声を聞きながら、ロマーノのボルテージは振り切れた。
「うわあああああんっ」
「あ、待ってください、ロマーノさん!」
泣きながら走り出したロマーノの後ろを、慌てて菊とアルフレッドが追いかけた。
「用意できたか」
ギルベルトが肩を回しながら声をかける。プラグスーツを着たロマーノは訓練室に向かいながら、そちらに顔を向けた。
「ロマーノ、今日も頑張るんやでw」
ひょいっとギルベルトの後ろから顔を出すアントーニョ。
すると。
ぼん、とロマーノの顔がトマトのように赤くなり。
うわあああああ、と叫んで走り出した。
え、ええ?と残されたアントーニョがうろたえる。
「な、なんなん!?オレ、なんかしたん!?」
「あがが、知らねえよ。揺すんなよ!」
がくがくしながら、ギルベルトは半泣きのアントーニョを引き剥がした。
その様子をロッカールームから顔を出して眺めていた菊は、ふふふ、と含み笑いを漏らす。
「面白いことになってきましたよ・・・」
「何メモってるんだい?菊」
言いながら、アルフレッドが菊の後ろからひょいと顔を出した。
*
『よーし、ロマーノ。いい調子だ。おまえ、射撃が得意だな』
ロマーノは、ふう、と息をついた。
訓練用装置の中。
誉められて悪い気はしない。―だが。
隣のアルフレッドのスコア。
(ったく、化け物だな)
3倍以上の差が付いている。菊はロマーノとそう大差ないのだが。
『おし、10分休憩。次、演習行くぞ』
訓練装置から出てくると、すちゃっとアルフレッドが床に飛び降りるところだった。やあ、お疲れ、と手を振ってくる。
おう、と少し手を挙げた。
この一週間。
一緒に訓練していて、心から実感した。
天才、というものがこの世にはいるのだと。
どんな訓練でも、アルフレッドは100%以上の成果を軽々と出して見せた。
マルドゥック機関がこいつを選んだ理由がよくわかる。
(まあ・・・でも)
ロマーノはドリンクのストローを噛む。
アルフレッドがいてくれたことは幸運だ。
オレは。
(あいつのサポートをすりゃあいい)
アルフレッドと同じことはできない。それでいいとあいつは言ったんだから。
「さすが慣れるの早いんだな、ロマーノ」
顔を洗ってきたらしく前髪を濡らしたアルフレッド、が空色の瞳をこちらに向ける。
ロマーノは目を細めた。
「ヒーローには及ばねえよ」
すると、アルフレッドが笑った。
「ああ、ヒーローは無敵だからね。皆を守ってやるんだぞ」
「へいへい。頼みますよ」
ん、とアルフレッド用のドリンクを手渡した。
シュミレーションルーム。
ここでは、ありとあらゆるパターンの攻撃を想定し、立体画像として映し出すことが可能だ。
パイロットはエントリープラグ内を模したコントロールボックスからエヴァの立体画像を動かすことになる。
『くおらぁあああああっ!』
コントロールボックス内にアントーニョの怒声が響き渡る。ロマーノは思わず耳をふさいだ。
『アル!誰が一人でつっこめ言うた!菊と連動しろって言うたやろ!?』
画面の中では、使徒が倒れている。
アントーニョのたてた作戦を無視し、アルフレッドが使徒にとどめを刺してしまったのだった。それは全く見事な攻撃であったが。
『いいじゃないか、倒せたんだから。あのタイミングじゃ、ああするのが一番いいと思ったんだよ』
アルフレッドの不服そうな声。
『っかー!おまえはわかっとらん!皆が作戦無視して動いとったら、何かあった時対処もままならんねん!いつもうまくいくとは限らないんやで!もうええ!降りて来い!』
画面が暗くなった。
はあ、とロマーノはため息をついた。時々、こうなる。どうにもこうにもアルフレッドは優秀すぎて、作戦通りに動くということがかったるいらしい。
ロマーノは座席から立ち上がり、背後のドアを開けた。
隣のボックスから、アルフレッドがふくれっつらで出てくる。
「また、一時間説教されるぞ、アル」
ロマーノは腕を伸ばしながらそう言うと、シュミレーションルームの出入り口へとさっさと歩きだす。
その後ろで、アルフレッドは前を向いたまま、独りごちた。
「うまくいったんだからいいじゃないか・・・。オレ一人で片がつけば、誰も傷つかなくて済むだろ」
「ん?」
ロマーノがアルフレッドの低い呟きを耳にし、彼の方を振り返った時。
アントーニョが入ってきて、アルぅぅぅう!と怒鳴った。
「よおし、演習はやめや!代わりに特別プログラムの実施をする!」
アルフレッド・菊・ロマーノはプラグスーツを脱ぎ、板張りのトレーニングルームに集められていた。
「特別プログラム…?」
ロマーノは何となく嫌な予感がして、繰り返す。アントーニョの足もとをちらりと見ると、なぜかラジカセが置いてある。ますます嫌な予感がする。
「特別プログラムって、何するんです・・・?」
同じ不安を覚えたらしく、菊がおそるおそる質問すると。
腕組みして仁王立ちしたアントーニョが、自信満々に言い放つ。
「おまえらには、どうにもチームワークが足らへん!アルフレッドは言わずもがな、菊とロマーノもそれに付き合いすぎや。本来、アルと同じ役割を二人もやれなきゃあかんのやで!?というわけでや、戦場でも阿吽の呼吸で動けるよう、これからしばらくチームワーク強化プログラムを実施する」
チームワーク。
「だから、何をやるんだって、聞いてるんだぞ」
アルフレッドが口をとがらせると。
にやり、とアントーニョは笑うと、腕組みを解いてしゃがむ。そして、ラジカセの再生ボタンをぽち、と押した。
同時にリズミカルな音楽が流れ出す。
立ち上がったアントーニョが、人差し指を立てながら、ぱちんとウィンクする。
「さあ、レッツダンシングやで♪」
「えええええーーーーーー!」
三人の声が響き渡るが。
問答無用!とアントーニョが動きだす。
「ほい、まずは振付を覚えや。足上げて。右手をぐるっと回して、はい、ポーズw」
ノリノリなアントーニョをぼーぜんと見つめ、ロマーノはかあっと赤くなる。
「できるか!はずかしいだろ!」
「私もちょっと…」
菊が引き気味に片手を上げる。
しかし、ぴたっと動きを止めたアントーニョが、ぎろっと二人をにらむ。
「あ?なんやて?職務放棄か?ああん?」
「いえ、はい!やります!」
びくっと二人が縮みあがる。
「ここにも現役ヤンキーがいるんだけど・・・」
昔のアイドルみたいな決めポーズをとりながら、ロマーノがとほほと愚痴をこぼす。
横では菊が、あわあわしながら必死に動きを追っている。
そして、元凶のアルフレッドはと言えば。
「アル!勝手に振付変えるなや!ターンするときは、ロマーノと菊の動き見て、合わせえ!」
ぱんぱんと拍子を取りながら、アントーニョが怒鳴る。
「え〜こっちのほうが、かっこいいじゃないか!それに、ヒーローのオレが主役だろ?二人はバックダンサーってことで♪」
「あほか!主役とかおらへんの!菊!はずかしがっとると余計動きがぎくしゃくして目立つで!」
キラッとウィンクしたアルフレッドを怒鳴りつけ、さらに菊に指を突き付ける。
「ええか!うまいこと合わせられるようになるまで、今日はとことんやるからな!出来るようになるまで帰られへんと思えや!」
うええええ、横暴だあああああ、という悲鳴交じりの声に。
やかましい!という鬼コーチの声が、かぶせられた。
*
こつ、と靴音ががらんとした巨大な空間に響く。
フランシス・ボヌフォワはポケットに手を突っこんだまま、ソレを見上げた。
it、としか形容できないもの。
下半身のちぎれた白い磔の巨人。
アダム。
セカンドインパクトの引き金となった第一の使徒。
14年前、南極の氷の中から目覚めた。
いや―目覚めさせられた、か。
今はただ、死んだようにうなだれている。
だが―死んでいるのではない。
他の使徒が接触すれば、サードインパクトが起こり、今度こそこの脆弱な世界は滅び去るだろう。
だからこそ、この場所に安置されている。
対使徒用に作られた迎撃要塞都市・第3新東京市。
その地下、22層の分厚い装甲で守られたジオフロント。
その最深部に、このターミナルドグマは存在する。
アダムを守るもの。
人類の最期の砦。
それが、ネルフ。
「世界の終わりまで永遠に眠っててくれりゃ、よかったものを」
「今が約束の時なのかもしれないがな」
皮肉な調子。
フランシスは、ふっと笑って振り向いた。
「これが神が決めた終末なら、それに逆らおうとあがくオレ達は背神者になっちまう」
アーサー・カークランド。
神に背きたる組織の長は、ただ口の端を歪めただけだった。
「わざわざこんなところを指定するとは、悪趣味だな」
アーサーの言葉に、フランシスは肩をすくめる。
「いいじゃないか。誰も来ない。・・・日本に戻ったら、一度は見てみたいと思ってた。アダムを」
もう一度、フランシスは巨人を仰ぎ見た。
何度見ても、うすら寒いような気持ちになる。
「・・・まあ、いい。持ってきたんだろうな」
アーサーの探るような目に、フランシスはにやりと笑う。
「ああ。仕事はきちんとするさ」
そう言うと、フランシスはケースに入ったものをアーサーに手渡す。アーサーは中身を確かめ、わずかに口元をゆるめた。
その様子をじっと見ていたフランシスが口を開く。
「そんなもん、何に使うんだ?てか、それ、何なんだ?」
アーサーがフランシスに視線を向ける。
「余計なことは聞かなくていい」
「聞きたくなるじゃないか。真実ってやつをさ」
フランシスが大げさに両手を広げて見せると。
アーサーは目を細めて、へ、と笑った。
「映画はあんまり見ねえか?スパイが真実なんてものに興味を持つと、ろくなことにならねえぞ?死にたくなきゃ、今のうちに転職するんだな」
アーサーの言葉に、フランシスも笑みを浮かべる。
「忠告感謝するよ。だが、スパイってのは、たとえ無自覚でも真実に一番近いところにいける職業だ」
アーサーは一瞬口をつぐみ、それから口を開いた。
「だから、選んだってわけか」
「まあな」
アーサーはもう会話は済んだとばかりに沈黙する。しかし、フランシスがさらに言葉を重ねた。
「しっかし、懐かしいよなあ。アカデミーにいた頃から、もう7年も経つか。日本は変わってないな」
―あいつらも。
「だけど」
フランシスはアーサーの碧の目を見つめる。どこか暗い光を宿したその瞳を。
「お前は、変わったな」
フランシスの言葉に、ゆっくりと口の端をつり上げる。
「そうか?」
ああ、とフランシスがうなずく。
そして。
「何があった?」
ぽん、と質問を投げた。
沈黙が流れる。
原始の巨人の足もとで。
アーサーとフランシスが対峙する。
やがて。
アーサーは少し首をかしげると、片方の眉を上げた。
「…てめえはホント、スパイに向いてねえよ」
その言葉は、虚空へと吸い込まれる。
*
その瞬間、菊の体内に電流が走った。
(こ、これは・・・!)
ぶるぶると震えていた菊が、ばっと顔を上げる。
「アルフレッドさん!そこのポーズはもう1秒長くとってください!ロマーノさん、動きにキレがありませんよ!」
いきなり仕切りだした菊を、アントーニョ・アルフレッド・ロマーノの三人はぽかんとして見つめる。
「え?菊?」
「菊、じゃありません!ほら!次のパート始まりますよ!」
「お、おう」
菊の迫力に気圧されて、アルフレッドとロマーノが動き出す。
(これだけは中途半端に踊るなんて許されません!)
だって、この曲は。
「魔法戦士マジカルラインの主題歌なんですから・・・っ!」
「ん?菊、なんか言った?」
アルフレッドが拳を握りながらの菊の独り言に気づいて、問いかけた時だった。
ウーウーウーとサイレンが鳴り響く。
はっとして三人が動きを止める。
なんや!?とアントーニョが叫ぶ。
『第一種警戒警報、第一種警戒警報、使徒襲来。繰り返します、使徒襲来。全員戦闘配置についてください』
放送が終わるや否や、行くで!とアントーニョが走り出す。
その後をアルフレッドが続き、ロマーノが追いかけた。最後に菊が、く、と悔しげに呟く。
「あと1分待ってやってくればいいものを・・・!」
ラジカセの停止ボタンを押すと、三人を追って走り出した。
アニソンにだけはやたらと詳しい菊であった。
「じゃあ、先に行ってるぞ!」
一番先にプラグスーツに着替えたアルフレッドがロッカールームを飛び出していく。
ロマーノも袖のボタンを押した。プシュッと空気が抜けてスーツが体に密着する。
隣の菊が声をかけてきた。
「もう大丈夫ですか?エヴァに乗ること・・・怖くありません?」
ロマーノは菊の顔を見つめる。ああ・・・まあ、と頭をかく。
「そりゃ、怖えーけどよ。・・・ま、アルがいるしな。オレはサポートで適当にやっときゃいいだろ。それならなんとか・・・」
そこまで言って。
ふと冷たい空気を感じて、ロマーノが顔を上げると。
菊がまっすぐにロマーノを見つめていた。
その表情に怒りの色を見て、ロマーノが戸惑いながら普段穏やかな同僚の名を呼ぶ。
「本田・・・」
「貴方は、いつもあの人が無傷で戦ってきたと思ってるんですか?」
え・・・と、ロマーノは目を瞬く。
菊が畳みかけた。
「恐怖を感じることも、苦しむこともなく、今までやってきたと本気で思ってるんですか?」
ロマーノは口ごもる。
「え・・・だって・・・」
あいつは。
ヒーローだって。
任せておけって。
「行きましょう、出撃です」
言いながら、菊がロマーノの隣を擦りぬけていく。
「あ、おい」
パタンと扉が閉められる。
残されたロマーノは、しばし鉄の扉を見つめ、呟く。
「何だよ…」
ロマーノはノブに手をかけた。
三人のパイロットがそれぞれのエヴァに乗り込む。
「準備はええな!」
司令室の定位置についたアントーニョがコンソールに手をつきながら、画面に映る三人に確認する。
『いいぞ』
『問題ありません』
すう、と息を吸ってロマーノが最後に答える。
『・・・大丈夫だ』
三人の様子を見つめ、やがてアントーニョがうなずいた。
「1420対使徒エヴァ作戦行動開始!零号機より順に、エヴァ射出」
はい、とエドが答える。
「エヴァ零号機、射出します」
カチャカチャとキーボードがリズミカルに叩かれ、画面にグリーンの文字が躍る。
その様子を見つめながら、アントーニョがトーリスに尋ねる。
「現在の使徒の状況は」
トーリスはモニターを見つめ、報告する。
「現在、第3新東京市上空を時速100Kmの速度で移動中。5分後に地上に到達します」
形状は映せるか、とアントーニョが問うと、はい、とトーリスがキーボードを叩く。
エヴァから、衛星からの映像へとメイン画面が入れ替わる。
それは、丸い球体であった。
ボーリングの玉のようなつるっとした光沢のある黒い玉。
それが、地上目がけて落ちてきている。
「どんな攻撃をするんでしょうね」
トーリスの言葉に、アントーニョは、わからん、と答える。
「地上でエヴァと対峙した時の攻撃形態を見てから作戦を決めるしかないな。三人とも、まずは距離をとって重火器をもって攻撃や」
三人目のアルフレッドが地上へと飛び出す。
はい、わかった、OK!と三者三様の返事が返ってくる。
「さあ、来いや・・・」
アントーニョは画面越しに空を睨んだ。
「来る!」
ロマーノは思わず声を上げる。
銃を握り締めた。
一週間だが。
もうエヴァは自由に動かせる。
どうして、あの時あんなに苦労したのだろうと思えるほど。
エヴァは自分の手足のように動いてくれた。
今度は、あんな無様な負け方はしない。
三体のエヴァは、三角形を描くように布陣していた。
ロマーノは他の二体のエヴァをちらりと見る。
アルフレッド。
菊。
今回は、三人だ。
きゅるん、と回転しながら。
すごい速度で落ちてきた球体は、ブレーキをかけたように家々の頭上で止まった。
しかし、落下の衝撃はそのまま風圧となって家々をなぎ倒す。
ロマーノはとっさに腕で顔をかばった。
一瞬、その球体は動きを止める。
が、次の瞬間。
「なっ」
ロマーノは目を見開く。
黒い球体から、無数の太いとげが突き出していた。
まるで、ハリセンボンのように。
アルフレッドも同じ感想をもったらしい。
『ハリセンボンみたいだな』
と呟く。その呟きが聞えたように、使徒はぐるぐるぐる、と高速で回転しだした。
『来ます!避けて!』
その声に押されるように、ロマーノは反射的に横に飛んだ。
今まで初号機のいた空間を、スピンする使徒が飛んでいく。
「うわっ」
はじかれるように空へと飛んでった使徒は、独楽のように回転しながら再びこちらに狙いを定める。
その時。
『作戦が決まったで!よく聞けや。菊はディフェンス。A.T.フィールドを全開にして、使徒を受け止めるんや。そうして、使徒の動きを止める。そんで、動きが止まったとこに、ロマーノが銃弾を叩きこめ!亀裂が入ったら、アルが核を抉り出す。ええな、タイミングよくやらな、使徒が反撃を始めるで。互いの動きを見て、リズムを感じるんや。踊るようにな』
踊るように。
とくん、と心臓が音を立てる。
司令室の中で、アントーニョが声を放つ。
「名付けて、ぬりかべ作戦や!」
一瞬司令室の中は沈黙し。
「あー銃弾装填完了」
「使徒、ターンします」
「パイロット三名のシンクロ率は」
「安定してます」
淡々と仕事を開始したメンバーをアントーニョは、え?え?と、きょろきょろと見回す。
「なんで誰も反応してくれへんの?」
「使徒、来るぜ!」
ギルベルトの声に、アントーニョははっとスクリーンを見つめる。
巨大なハリセンボンが向かってこようとしていた。
『A.T.フィールド全開!』
アントーニョの声に合わせるように、エヴァ零号機の正面に光の障壁が展開される。
ごおおおお、と風を切り。
ハリセンボンはA.T.フィールドへと突っ込んだ。が、衝撃は消し切れず、ががががががが、と家や建物を押しつぶしながら、エヴァ零号機と使徒が山の方へと下がっていく。
「本田!」
思わず叫ぶが。
『大丈夫です!銃を構えて!』
唸るような菊の声。
はっとして、ロマーノは銃を構える。
三つの○が一点へと揃う瞬間を待つ。
使徒の勢いが死んでいく。
しゅうう、と零号機の足もとから煙が上がる。
ぴたり、と照準が定まった。
今だ!
『いけ!』
ごうっ!
引き金から伝わる鈍い衝撃。
ミサイルが使徒へと吸い込まれていく。
どおんっ
爆風と同時に針が砕け散る。日の光を受けて、鏡のようにきらきらと輝いた。
煙の向こうに。
柘榴のようにぱっくりと開いた、紅。
「アル!」
『アルフレッドさん!』
ほとんど無意識のうちにアルフレッドの名を叫んでいた。同じタイミングで怒鳴るように菊が彼の名を呼ぶ。
が、二人の声より早くアルフレッドは飛び出していた。
稲妻のように。
『あああああああああっ』
リズム。
とくん、とくんと。
己の鼓動。
重なる、二つの鼓動。
菊。
―アルフレッド。
「行け!」
ロマーノの声と同時に、アルフレッドのナイフが柘榴の裂け目に突き立てられた。
一瞬、使徒の動きが止まる。
それから。
ぶるぶるっと球体が震えると。
いくつかの針がぽろりと抜け落ち、それから、ぷしゅーっと赤い液体が噴き出した。
A.T.フィールドに赤い液体が跳ね返り、噴水のように青い空にきらきらと輝く。
その赤い液体をエヴァ弐号機が一身に浴びる。
そして、さらに奥にナイフを突き立てると、ぐり、と抉った。
すると。
ふしゅうう、とまるでビーチボールに針が突き立てられたように使徒がしぼみ、浮力を失ったように地面に落ちた。
ざばあ、と赤い液体が洪水のようにざぶんと街を呑みこむ。
「やった・・・」
『やりましたね、アルフレッドさん!』
ナイフを持ってふにゃふにゃになった使徒を見下ろしていた弐号機が初号機の方を向き、ぐっと親指をたててみせた。
司令室の中でも、歓声が上がる。
「さすがですね、アルフレッド君」
「なかなか、いいチームじゃねえか」
ああ・・・と答えながら、アントーニョはどこか引っ掛かりを感じる。
違和感。
今まで、使徒が倒れた時は…。
その時。
「まだだ」
え?
頭上から響いた声に、アントーニョが上を見上げる。
一段高いそこは、総司令の座。
アーサー・カークランドが立っていた。
「あ!」
声を上げたのは、トーリスだった。
はっとして、アントーニョは振り返る。
そして、目を見開いた。
「あ・・・」
ロマーノの喉から絞り出すように漏れた声。
どくん、どくん。
潰れたはずの使徒。
そのしぼんだ風船の皮を内部から突き破り、太いトゲが飛び出していた。
そして。
そのトゲは、エヴァ弐号機の胸を深々と貫いていた。
それは、まるで。
冗談のような光景。
ばっとしぼんだ風船が四方に千切れ、中から一回り小さい球体が現れた。
一斉に飛び出したトゲ。
弐号機を貫いたトゲが、さらに高く天へと突き上げられる。
弐号機の口が、ぱっくりと開いた。
そして、ロマーノは初めてエヴァの咆哮を聞く。
ヴォオオオオオオオオ
地を揺すり、天を穿つ絶叫。
山から鳥が一斉に空へと飛び立つ。
ロマーノは震える両手で耳を覆う。
「あ・・・あ・・・」
ガチガチと歯が鳴る。
歯の根が合わない。
どくん、どくん。
心臓がやかましく音を立てる。
リズム。
菊と―アルと重なったリズム。
「あ・・・る・・・」
どくん、どく。
「アルフレッドォオオオオオオッ!」
裏返ったその声が、自分の声だと認識するまでに数秒を要した。
リズムが、途切れる。
空が、赤く染まった。

次号へ続く
|